書評

サミュエル・バトラー(著)飯沼万里子・三浦伊都枝・高谷修(編集)、東中稜代(解説)、バトラー研究会(訳)『ヒューディブラス』

 松籟社 2018年 xxvi+438pp.

 

初めて『ヒューディブラス』研究会訳を目にしたのはまだ院生のころで、当時母校には学部・研究科図書館に別置書庫というものがあり、鍵を借りてそこへEarl Minerの(The Restoration Modeではなく)The Cavalier Modeを探しに赴いたときのことだった。目当ての本を見つけるより先に、ふと棚に並んでいた『翻訳西洋文学Euro』の冊子が目に留まり、捜し物もそっちのけで諸先生方の手がけられたそれまで未訳だった作品群の翻訳に興奮しながら読み進めるうち、Samuel Butler, Hudibrasの部分訳に出会ったのだった。東中先生がその雑誌に訳出されていたByron詩がのちに出版されたのはすぐに気づいたので、この騎士Hudibrasと従者Ralphoが不毛な冒険を繰り広げる『ヒューディブラス』もじきに書籍として刊行されるものと学生ながらに思っていたのだが、在学中にはとうとうお目にかかれなかった。

若手研究者の道を歩み始めて、研究会の諸先生方とも顔を合わせるようになってから、出版を企図してはいるもののなかなかまとまらない旨を伺っていたので、今回こうして三十余年の活動の末に、王政復古期の大諷刺詩『ヒューディブラス』の完訳書が上梓されたことはまさに欣快の至りで、その労苦も察するに余りある。個人的にも待望していた第三部末の往復書簡の邦訳が読めるとあって、昨年末の刊行以来、筆者も繰り返しそのよく練られた訳稿を熟読している。

こうして書簡の訳をことさら喜ばしく思うのは、筆者の関心が晩年のバトラーにあるからでもある。知己Aubreyに「多くの敵をつくり、友人を少く」して「貧困のうちに死んだ」「好漢」(206-207; 邦訳70-71)と哀悼されたこの人物は、Matthew Priorから「空っぽの頭を使っても渇望する胃袋を/養うことが今後もできるとは当然思えなく」(ll.9-10)なった食い詰め文人たちの所行と皮肉られたDryden-Tonson編の共訳プロジェクトOvid’s Epistles (1680)に訳稿を寄せてもいる。バトラーの亡くなる直前に刊行されたこの書籍は、別名『名婦の書簡』とも呼ばれるOvidius, Heroidesが原典で、彼は巻末に収められた往復書簡詩の一片“Cydippe to Acontius”の寄稿者だった。前述のプライアーによる諷刺詩でも『ヒューディブラス』の次の一節、

 

馬の肩脇腹を走らせたなら

残った脇腹も尻込みはせぬと(1: 1, ll.449-450)

 

を引きながらその協力体制を揶揄しているが、これは同時にバトラーへの当てつけでもあるだろう。

しかしバトラーが(おそらく第三部の執筆と併行して)英雄書簡詩を訳しているという事実は、『ヒューディブラス』の成立を考える上でたいへん興味深い。むろん『ヒューディブラス』本編は疑似英雄詩であるが、一方でこの巻末の往復書簡は「疑似英雄書簡詩」であるからだ。『名婦の書簡』各種翻訳の刊行やMichael Drayton, England’s Heroicall Epistlesといった著作を背景に、英雄書簡詩というジャンルが16世紀末~18世紀前半にかけてつかの間の復活を見たことは酒井幸三によっても指摘されているが(59-77)、Rachel Trickettによれば英雄書簡詩とは「置かれた状況や、女性の性格、その感情の極地を、いちどきに読者に認識させるある種のコード言語」(192)だという。捨てられた女の多彩な感情の発露を鮮やかな語りで悲劇的に表現するその『名婦の書簡』を反転させて、バトラーは巻末の往復書簡で、未練がましい情けない男の怨み言と、高貴な女性の決然たる拒絶を愉快に描出してみせる。

こうした英雄書簡詩の書き換えは王政復古期には他にもあるが、たとえば“Spencer’s Ghost”でバトラーの不遇を怒りとともに悼んだ文人John Oldhamの作“A Satyr Upon a Woman” (1678)は、ある女につれなくされ自死した友人の代わりに書かれたとする呪詛の書簡詩で、男女の立場の反転と強烈な罵倒が目を引くものの、そもそも英雄書簡詩はその元となる叙事詩内の出来事の知識が読む側にあるから読書の感慨が増幅するのであって、オールダムの詩のように元の文脈を離れて事件の知識もわからなくなってはなかなか鑑賞しがたい。だがバトラーの疑似英雄書簡詩は、その前提となる事件が疑似英雄詩としてそれまでに十分記されているから、同じ作品の掉尾に飾ることで「疑似英雄書簡詩」としての役割を見事に果たしてしまうという妙味がある。それでいてオールダムのようにミソジニー的な裏返しではなく、むしろ情けなくマッチョなだけの男を滑稽に諷刺するバトラーの筆致は、Margaret A. Doodyがかつてその可能性を示唆したように(75-76)、フェミニズム批評的にも読むべきところがあるだろう。

第三部と往復書簡は前二部に比して精彩に欠けるとも言われ、現代の版本では割愛されることさえあるが、ここで述べた通り再読に値するものである。それだけに省略されることなく収録され、ようやく日本語で読むことができた巻末往復書簡の小気味よい訳文が、いっそうの愉悦を授けてくれようし、『ヒューディブラス』の真価をあらためて教えてくれる。さらに簡にして要を得た豊富な注釈の数々からも学ぶところが多い。当訳を注とともに読んでいて今ひとつ気づいたのが、従者ラルフォーのフリーメイソン性である。独立派の庶民ながらに彼が王立協会を象徴して揶揄されるのは確かに不思議だったが、近年、王立協会の設立にあたってフリーメイソンの影響があったことを実証的に指摘する書籍が出ているように(Lomas, The Invisible College)、この互助結社はそれまでの神秘学や最新の科学知識を無学な中産階級にも伝えうる存在だった。筆者でさえも大小様々なひらめきがあるのだから、きっと他にも次世代の研究の芽を生み出していることだろう。「今だれがバトラーを読むのか」というJames Sutherlandの問いを受けたAlok Yadavは各時代の受容を確認した上でなお現代性がある『ヒューディブラス』の価値を見出すが(546)、この訳書に刊行されたまさに今から、その絶えざる意義に触発された各種研究が読めるようになる日を期待したい。

同じ時代の文芸を研究する同世代の仲間を少なくする筆者にとっては、『ヒューディブラス』研究会は羨望の的でもある。ついに『ヒューディブラス』が訳され、さらに若手も少なくなった今では、志を同じくする研究者たちとともにその時代の大作の本邦初訳に取り組む機会が果たして筆者に訪れるかどうか。ただ『ヒューディブラス』共訳者のおひとりである吉村伸夫先生と宴席で言葉を交わした折、筆者がそれでもひとりこつこつと当時の詩や文芸論を日々訳していることをお話しすると、我が意を得たとばかりに翻訳に対する想いを熱弁して励ましてくださり、後日ご自身の翻訳論まで送ってくださった。いわく「自分は食事を摂るがごとく毎日訳している」と。さればこそ翻訳は成る。かくありたい。

 

参照文献

Aubrey, John. Aubrey’s Brief Lives. Ed. Oliver Lawson Dick. Harmondsworth: Penguin, 1972.

Doody, Margaret A. “Gender, literature, and gendering literature in the Restoration”. The Cambridge Companion to English Literature, 1650-1740. Ed. Steven N. Zwicker. Cambridge: Cambridge UP, 1998. 58-81.

Lomas, Robert. The Invisible College: The Secret History of How the Freemasons Founded the Royal Society. London: Corgi, 2009.

Oldham, John. “A Satyr Upon a Woman”. The Poems of John Oldham. Eds. Harold F. Brooks and Raman Selden. Oxford: Clarendon, 1987. 80-84

—-. “A Satyr: The Person of Spencer is brought in &c. [Spencer’s Ghost]”. Ibid. 238-246.

Ovid. Ovid’s Epistles, Translated by Several Hands. Eds. John Dryden and Jacob Tonson. London: Tonson, 1680. EEBO.

Prior, Matthew. “A Satyr on the modern Translators”. The Literary Works of Matthew Prior. Vol.1, 2nd ed. Eds. H. Bunker Wright and Monroe K. Spears. Oxford: Clarendon, 1971. 19-24.

Trickett, Rachel. “The Heroides and the English Augustans”. Ovid Renewed: Ovidian Influences on Literature and Art from the Middle Ages to the Twentieth Century. Ed. Charles Martindale. Cambridge: Cambridge UP, 1988. 191-204.

Yadav, Alok. “Fractured Meanings: Hudibras and the Historicity of the Literary Text”. ELH, 62 (1995): 529-549.

オーブリー『名士小伝』橋口稔・小池銈訳、冨山房、1979

酒井幸三『ポウプ・愛の書簡詩『エロイーザからアベラードへ』注解』臨川書店、1992

 

京都橘大学 大久保友博

ジョージ・ハーバート著『田舎牧師ーその人物像と信仰生活の規範』 山根正弘訳

朝日出版社、2018年、vi+151頁。

本書は17世紀イギリスで教区牧師、あるいはその職を志望する者(大学生)のために書かれたマニュアル本である。既に他紙で評したがより詳しく見てみたい。ハーバートは、ベマトンの牧師時代、死の前年1632年に本書を仕上げている(出版は1652年)。教区牧師の遵守すべきことを教え、祈りと儀式の大切さと美しさを示し、教区民に、信心深い、正しい、まじめな生活を送らせるための方法を説いている。牧師の日々の心構え、必要な知識、処世術、アドバイスが、礼拝、説教、神学から、教区民、家族、召使いとの関係、妻の選び方にいたるまで簡潔に書かれており、規則や教訓が並ぶ抹香臭い権威主義的な教科書というよりも実際的な指南書になっている。祈りが始まりと終わりに置かれており、牧師の神聖さを描く際には時に指南書を超える表現が見られる。近代初期の世俗化と合理化、専門化が始まる中、牧師が伝統的身分から職業へと移行していく時代を反映し、複雑な社会的な作品となっており、牧師の地位の周辺化、アイデンティティの不安定化への意識を読み取ることができる。ハーバートの伝記と詩の解釈をめぐり批評家たちが頼りにしてきたテキストであるが、学問的で親切な注が付けられた本翻訳は、英文学研究だけでなく近代初期イングランドの社会史、文化史、思想史、教会史の分野においても大きな貢献となるであろう。

本書には多くのジャンルが混在している。ハーバートと近かったジョン・アールのキャラクター・スケッチ「謹厳な聖職者」等と類似点があるが、『田舎牧師』の人物描写では一般化類型化を避けようとしている。性格上、聖書、祈祷書、教義問答は当然として、決疑論の影響は明らかであり後半数章はその関連から読むことができる。また「田舎牧師は、あらゆる面で知識が豊富である」とあるとおり、病気治療、法令集、ハズバンドリー(農場経営)等多様な話題に言及している。執筆動機としては、ハーバートは、世間に流布していたピューリタンのウィリアム・パーキンスやリチャード・バーナードによる牧師用マニュアルへの、アングリカンからの返答としてこの本を書いたとする見方がある。ピューリタンは牧師の内面、魂の問題を重視するが、『田舎牧師』では牧師の外面を強調していることが特徴的である。加えて中産階級的なピューリタンの著作と比べ、ハーバートの階級意識は上流であり、これらの観点からイタリアの行儀本(Stefano Guazzo)との影響関係を指摘する者がいる(K. A. Wolberg)。

文学的表現は様々で、章のタイトルが内容からずれて比喩的でアイロニカルに響くことがあり、例えば「牧師の蔵書」の章に本の話題が皆無で、「陽気な牧師」の章は「田舎牧師はたいてい憂鬱である」と始まっている。表現においても一人称、三人称など代名詞を微妙に使い分けて、読者との一体感を生み出し、個別事例から人間一般のテーマへと展開するなどの工夫をしている(R. W. Cooley)。田舎牧師は「神と隣人に対して果たすべき二重の義務」を持っており、権威と服従、謙虚さと崇高さ、内面と外面、個別と普遍などの分裂を意識して、曖昧な表現で両極を包含しようとしているように思われる。

政治から考えると、牧師のヒエラルキー(家庭、教区、社会、国家)観は、家父長制に基づくもので、教区民を教え導く牧師は父親のアナロジーで表現されている。そして社会秩序観は、国教会の受動的服従(passive obedience)のドグマの中にあると推測される(obedienceは全6度使用)。ローマ法王がエリザベス女王を破門して英国民に服従の義務を免除した時にこの教義が導入された。女王の廃位・暗殺陰謀事件、旧教の復活、ピューリタンの水平派などへの恐怖心に根を持つが、以後、社会的高位の者に対する謙虚さ、尊敬心、服従、恭順が、説教壇からのメッセージとなった(名誉革命後はホイッグに利用される)。本書がその教義の影響下にあるとすれば、第1章最初の文章中のobedienceは意訳せずに「服従」という訳語を使っても良いかもしれない。

しかしハーバートの牧師像が抑圧的、教条的というわけではない。ロバート・フィルマーの理論(『家父長制君主論』)から連想される絶対主義的権威主義とは異なり(フィルマー受容もそれほど単純ではないが)、ハーバートの牧師=父は寛容で思慮深く、ときに妥協的である。本書は牧師に対し、教区という共同体の中で様々な社会的・人間的配慮を示すよう求めており、一例としては「軽蔑される牧師」では厄介な教区民への対応策を丁寧にいくつも教示している。(ミシェル・フーコーなどを援用し、ステュアート朝国教会が教区牧師を社会統制の道具にしようとしたと言う者がいるが、歴史的文脈から遊離した偏った議論であろう。)

宗教的にハーバートの神学や政治的立場は曖昧で明確に特定し難いため、ピューリタンとする学者や、アングロ・カソリックに近いとする者までがおり、「ハーバート批評の宗教戦争」(G. E. Veith)と言われるほど議論が続いている。確かに本書の「摂理」「黙示録」「愚かで罪深い人間」「エルサレムの滅亡に関する預言」や「サタン」そして罪の告発などは、熱狂的プロテスタントが好んで使用する話題であったが、しかしこれらの人を脅すような表現は、牧師が教区民を強く説得する際に利用できる例の教示として読むことができる。また「すべての者は(天)職callingに就」くべきと言い、怠惰を非難して、「牧師の頭の中は、一日をできる限り利用し、最大の収穫gainを得られるように工夫することでいっぱいである」と、労働・勤勉と「収穫・利益」を結び付けており、プロテスタント的労働倫理を示唆していると思われる箇所がある。

ハーバートは、国教会主教の主流が神学的にカルヴィニストからアルミニウス派(ロード派)へと移行し緊張が高まる時期に生きており、自身は世代的に必然的にカルヴィニストであったが、しかしそれ自体は改革派であることを意味しない。言及のある信仰上の論争点では、聖餐式の跪拝、サープリス(聖職服)、簡潔な説教(説教主題の制限)、無関心ごと、善行(good works)等に関連する意見や、牧師は論争を避けるべきと諭す箇所などを読むと、その思想は穏健なものに見える。対立を避け揺れながら平衡を保とうとする態度はまさに保守的なアングリカンそのものであろう。完全無欠な正義(教会)は地上にはないのである。詩人オーデンは、「ハーバートは神学の教義上の相違については何も言わない」、「礼拝の作法と敬神の様式に関心があるのだ」と言うが、おそらくジェイムズ一世(-1625)のvia media政策に忠実に従っていたものと推測される(24章でPapistとSchismatickを論じている)。事実、教区民とともに生きる牧師の姿は、伝統的慣習的で「前プロテスタント的で、非プロテスタント的(a-protestant)」な聖職者像(P. Collinson)であり、教区民の家を訪ね歩き、慈悲深く親身に世話を焼く行為は、宗教改革以前からあった習慣の継続であった。

同時代のアイザック・ウォルトンやニコラス・フェラーは晩年のハーバートを聖人視したが、本書から、実際は俗をよく理解し機敏に働く世間智を持っていたことが分かる。ハーバートが収集した『異国風俚諺集』は詩と比較すると驚くほど世俗的で実利的である。ハーバートは熾烈な信仰心から『聖堂』を生み出す一方で、中庸性と実務家的精神で『田舎牧師』を書いたといえるであろう。そして詩人と牧師、内面と外面は必ずしも分裂した印象を与えていない。

法政大学 曽村充利

 

 

Mari Mizuno, Yoshitoshi Murasato and Harumi Takemura eds., Spenser in History, History in Spenser

Mari Mizuno, Yoshitoshi Murasato and Harumi Takemura eds., Spenser in History, History in Spenser
Osaka Kyoiku Tosho, 2018. viii, 162 pp.

1985年創設以来、日本におけるスペンサー研究を牽引してきた「日本スペンサー協会」は、既に『詩人の王 スペンサー』(1997)および『詩人の詩人 スペンサー』(2006)という充実した記念論集を刊行している。だがこの度の論集は、編者のひとり水野眞理氏が序文で述べているように、海外の読者をも対象とした“the international platform” でスペンサー研究への貢献を目指した、英語論文集であるところが画期的だろう。まずは、その志の高さに敬意を表したい。また収録された論文8点も、我が国におけるスペンサー研究のレヴェルの高さと多様性を示すに足る力作揃いである。

巻頭論文は、鈴木紀之氏の書誌学・本文研究 “The First Folio Edition of The Faerie Queene : A Preliminary Survey of Its Text”である。クォート版(1596)のリプリントであるはずのフォリオ版(1609)に施されている念入りな修正から、背後に有能なeditorの存在を推定する氏の議論は、この分野における長年の研鑽に裏打ちされ、実証的かつ刺激的である。
その後にはThe Faerie Queeneを扱う作品論が5本続く。まず竹村はるみ氏の “The Faerie Queene and the Elizabethan Festive Culture” は、エリザベス朝祝祭文化の中で「妖精の女王」表象がどの様な変容を遂げたかを1570~90年という長いスパンで追いながら、そこにスペンサーのThe Faerie Queeneを定位しようとする試みである。氏の博識が遺憾なく発揮された、スケールの大きな論考と言えるだろう。次の笹川渉氏の “Bellona and Minerva in History: The Change of the Epic Simile in The Faerie Queene, Book III” は、エリザベス女王を表象するとされるBritomartをめぐる比喩が、1590年版のBellonaから96年版のMinervaに修正された意味を探り、そこにスペンサーの生きた時代の影響を読み込こんだものである。その切り口と緻密な議論は、本論集の趣旨にふさわしいものだ。さらに足達賀代子氏の “The Attributes of Faith: The Representation of Fidelia in BookⅠof The Faerie Queene” は、“the House of Holiness” の三姉妹の一人Fideliaの、一見奇妙なアトリビュートである「本」と「ワインと水と蛇が入った盃」の意味を考察したものである。同時代の錯綜した宗教的状況を、図像学的なアプローチから読み解いていく氏の論述は、The Faerie Queeneというテクストに対する斬新な視角を提示していると言えよう。続く大野雅子氏の “Lavish Affluence and Luscious Wine: Abundance and Femininity in the Bower of Bliss” は、“the Bower of Bliss”における“Abundance”を、その邪悪でエロティックな力の根源と措定し、Sir Walter RaleighのDiscovery of Guiana、Thomas MoreのUtopia、さらにGervase MarkhamのEnglish Housewifeといった多様なテクストにも、同様に、男性を女性化する邪悪な力としての“Abundance”を読み取る。こうしたintertextualなアプローチもまた、The Faerie Queeneの新しい読みの可能性を予感させるものだろう。そして最後は、水野眞理氏の “From Romance to Battlefront: English, French, and Irish Connections of Spenser’s “Perilous Ford””である。氏の論考は、The Faerie Queene に登場する3つの危険な “ford”の着想の起源を中世および同時代の英仏の文献に探る一方で、そこに加えられた新たな意味を、スペンサーが体験したアイルランドの自然・文化・政治的環境の影響から割り出す試みである。該博な知識を基に “perilous ford”という小さな通路を介して、スペンサーの文学世界という広大な世界へと導いてくれる氏の議論は、読者に、良質の学術論文のみが持つ興奮を与えてくれる。
そして最後の2編には、C. S. Lewisと細江逸記という、 20世紀を代表するイギリスと日本のスペンサー研究者をめぐる論考が配されている。まず根本泉氏の”From Spenser to C. S. Lewis: With Special Reference to “the Pilgrimage” to “the New Jerusalem””は、The Faerie QueeneThe Chronicles of Narniaとの影響関係を論じたものである。碩学C. S. Lewisのスペンサーに対する造詣の深さと傾倒については議論の余地のないところだが、それが彼のファンタジーに具体的にどの様な影響を与えたかは、まだ論じ尽くされてはいない。その点で氏の論考は、スペンサーという作家を現代へつなぐ重要な視点を提供していると言えるだろう。そして論集の卓尾を飾る島村宣男氏の “Kin’i o matoi, hakuba gin’an ni matagari, senki o kaze ni nabikasi, ryuryotaru rappa o sohsite: Itsuki Hosoe and The Faerie Queene” は、英語学者にしてスペンサー研究の先駆者、細江逸記をめぐる論考である。研究社英文學叢書のThe Faerie Queene (1929)に付した細江の註を取り上げ、その特徴(英語学者としての高い見識と洋の東西に渡る広い学識)と魅力を具体的に示した氏の考察は、我が国におけるスペンサー学の成立とその系譜を考える上で、大変貴重な貢献となっている。

以上、論文は粒が揃っていて読み応えがあり、また「歴史」という視点から近年のスペンサー研究の動向を垣間見ることができ、さらに私たちの研究にも様々なヒントを与えてくれるという点で、「17世紀英文学会」の会員の皆さまに是非一読をお奨めしたい好論文集である。

最後に、個人的な話を少々。30年ほど前に私が始めて出会ったThe Faerie Queeneは、たまたま大学の書庫に埋もれていた英文學叢書の一冊だったが、今になって思えば、未熟な初学者にとって、これはまさに僥倖であった。細江逸記の400頁にわたる膨大な註を、いわばアリアドネの糸として、それに導かれながら一夏の間The Faerie Queeneという巨大な迷宮を彷徨ったことで、私はスペンサーの、そして英詩の面白さを実感できた。今、この書評を書きながら、あの至福の夏を久しぶりにありありと思い出し、今度はこの論集を手がかりに、またスペンサーを読んでみたいものと思っているところである。

秋田大学  佐々木 和貴

吉中孝志著『花を見つめる詩人たち―マーヴェルの庭とワーズワスの庭』

研究社 2017 年 vii + 371 pp.

 著者は2011年にD. S. Brewer社のStudies in Renaissance LiteratureシリーズとなるMarvell’s Ambivalence: Religion and the Politics of Imagination in Mid-Seventeenth-Century England を出版し、マーヴェルの詩に見られるアンビヴァレンス(両面価値)を社会の枠組みである哲学・政治・宗教の観点から数多くの文献に基づいて考察した。そして2017年末に出版された本書では、特に庭に重点を置いて庭の構造や植物がマーヴェルの思索と詩作に及ぼす影響を歴史的かつ私的な状況から考察する。さらには時代を超えて、同じく庭や自然から影響を受けて思索と詩作を行ったロマン派詩人ワーズワスの作品を考察してマーヴェルとの相違点を指摘する。あとがきに記されているように、著者は川崎寿彦著『庭のイングランド―風景の記号学と英国近代史』への帯文「庭とは政治的なものである」という言葉に対して、「庭とはもっと人間的なものかもしれない」(274)と考え、詩人個人のセクシュアリティー・記憶・人間関係などのより小さな枠組みが思索と詩作へ影響を与えた可能性を追求する。
 第一章「マーヴェルの『庭』と十七世紀の庭」では、「庭」に登場する果実、特にメロンに焦点を当てて詩の執筆年代と果実の持つ意味を考察する。そして王政復古後の執筆であるとする先行研究の論に対し、当時のメロン栽培技術を記録する草本誌や百科事典などの資料に基づいて「庭」が王政復古前の執筆である可能性が高いことを主張するが、その論は論理的で説得力がある。さらに二章および三章へと続くマーヴェルの庭と性愛の関係について問題提起をする。第二章「庭のセクシュアリティー」では、庭と女性排除および樹木性愛の問題を考察し、官能的だが生殖能力のない庭をマーヴェル自身のセクシュアリティーへと結び付ける興味深い論となっている。第三章「アダムの肋骨とマーヴェルの庭」では当時の社会における女性観と宗教観、特に口うるさい妻に対する女性嫌悪の言説を基に「庭」の所有者とされるフェアファックス卿の夫婦関係が詩に反映されている可能性を示す。いずれの章においても詩を当時の社会の大きな枠組みだけでなくマーヴェルおよびその庇護者の個人的状況へと結び付ける考察がなされる。マーヴェルに関しては、その執筆年代をはじめとして宗教やセクシャリティなどあらゆる面において曖昧さやアンビヴァレンスを残す。そのため論が単なる推測で終わる危険性と常に隣りあわせだが、著者は綿密に資料を検証することにより整合性がある論を展開する。
 第三章の後にはマーヴェルとワーズワスを繋ぐインタールードとして「花を見つめる詩人たち―ヴォーンとワーズワス―」が配置される。ヘンリー・ヴォーンを中心に自然描写に見られるヘルメス思想の考察が入ることにより、次章のワーズワス論へ違和感なく読み進めることができる。
 第四章「場所としてのワーズワスの庭」では、ワーズワスの庭はエンブレム的な庭ではなく、極めて個人的な意味と意義とに関係付けられると著者は述べる。マーヴェルの「庭」におけるメロン同様、ワーズワスの「蝶へ」における蝶の持つ意味からその庭を考察する。そしてワーズワスの庭は「人と人、特に家族関係を結び付ける『再集結地』『活力回復地点』となっている」(233)と著者は主張する。第五章「ワーズワスの庭と所有の不安」では、「自然との一体化を望む一方で庭の仕切りを排除しない」(239)ワーズワスのアンビヴァレンスを指摘する。そして、ワーズワスは他者の所有物であり所有者変更の不安定さを孕む庭および自然に対する不安を詩で表現することによって、詩という形でそれらを所有しようとしていると結論付ける。マーヴェルの特徴である庭への執拗な関心とアンビヴァレンスがワーズワスにも表れていることへの指摘は大変鋭いものである。
 一見すると接点がないように思われる初期近代の形而上詩人マーヴェルとロマン派詩人ワーズワスを、庭の植物や花を見つめて思索と詩作を行うという共通項で結び、見落としがちな詩の言葉に注目してそれが示す意味と意義を明らかにする。時代が異なる二人の詩人の研究は、文学作品を共時的に読むだけでなく通時的に読む価値を示していると言えよう。論はいずれも豊富な資料に基づく実証主義に従いながらも平明な文体で書かれて大変読みやすい。引用はすべて原文と日本語訳が併記されており、それは近年の英語教育における訳読軽視・速読重視に対する「ささやかな抵抗」であると著者は語る。ゆっくり読めないものは速く読めるわけがないという考えのもと、原文併置は「この本を読む速度を遅くさせるための工夫」(276)であり、一語一語を大切に扱う詩の重要性と英語教育における文学作品精読の必要性を訴える。この訴えには英文学研究者そして英語教員として大いに共感を覚える。私自身も今後の研究および教育活動で微力ながら著者の「ささやかな抵抗」に加わっていきたいと思う。本書は、分野を超えて教員や学生たちに是非読んでもらいたい一冊である。

関西学院大学 竹山 友子