【解説】「授業目的公衆送信補償金制度」における教科書の扱いついて

 小社が、小社出版物の授業目的公衆送信について、原則として著作権者の許諾が必要であると考える根拠は、以下のとおりです。

 

1. 著作権法の定め

授業目的公衆送信について、著作権法は以下のように定めています。
<著作権法>
第35条 (学校その他の教育機関における複製等)
第1項 学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における利用に供することを目的とする場合には、その必要と認められる限度において、公表された著作物を複製し、若しくは公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。以下この条において同じ。)を行い、又は公表された著作物であつて公衆送信されるものを受信装置を用いて公に伝達することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該複製の部数及び当該複製、公衆送信又は伝達の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
第2項 前項の規定により公衆送信を行う場合には、同項の教育機関を設置する者は、相当な額の補償金を著作権者に支払わなければならない。

2. 「授業目的公衆送信補償金制度」

2018年の著作権法改正前の35条では、授業目的では「複製」(紙にコピーして配ること)のみが認められネット配信の方法では利用できませんでした。改正後は、「公衆送信」(インターネット上に表示すること)の語と第2項が加わり、授業目的のネット配信が可能のなる土台ができましたが、第2項の「補償金」の制度がなかったため公衆送信は利用できない状態でした。
上記「補償金」制度実現のため、一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会 (SARTRAS ホームページはhttps://sartras.or.jp/)がつくられ、ここで補償金のことが一元管理されることになりました。
2020年4月、上記SARTRASのトップページに「授業目的公衆送信補償金の補償金の「無償」による認可申請について」というタイトルで以下の記事が掲載されました。
<記事内容> 「授業目的公衆送信補償金制度」施行のための補償金の「無償」による認可申請決定後、この制度についてたいへん多くのお問い合わせを頂いております。
授業目的公衆送信補償金制度は、営利を目的としない教育機関において、一定の額の補償金をお支払いいただければ、授業の目的で必要と認められる範囲の著作物を公衆送信することができることとするものです。いわゆるスタジオ型の同時一方向の遠隔授業や異時で行われる遠隔授業、予習・復習のための著作物等の送信等が対象となります。
しかしながら、このたびの新型コロナウイルスの感染拡大という未曾有の事態を受け、教育環境を守るためにも必須とされている遠隔授業等において、上記の範囲で著作物が教材として円滑に利用できるよう、令和2年度に限り暫定的にこの補償金を「無償」として、文化庁長官に認可申請することを決定したものです。
この制度によって令和2年度に著作物を無償でご利用いただけるようにはなりますが、自由に利用できるようになるわけではありませんし、著作権者や著作隣接権者の利益を不当に害することとなる利用はもちろんできません。補償金を「無償」とする規程が認可され、法律が施行された後の、補償金制度に基づく著作物の利用方法に関する詳細は近日中にこのホームページ等で公開させていただく予定です。また、補償金制度ご利用の際には事前の登録をお願いする予定ですので、よろしくお願い申し上げます。
なお、対象となる教育機関等、改正著作権法35条の用語の定義に関する現状の検討内容につきましては、一部概要を こちら でご覧いただけます。
※4月10日の閣議で補償金制度の施行日が4月28日に決定致しました。

3. 大学のネット授業での著作物利用とSARTRASとの関係

 上記の著作権法の条文及びSARTRASの記事を合わせて読みますと、大学が著作物を授業で利用する場合について、以下のことがわかります。
1) 授業目的であれば、公表された著作物を著作権者の許諾なしに、複製または公衆送信の方法にて利用できる。
2) 複製の場合には、無償で自由に利用できるが、公衆送信の場合には、SARTRASに知らせたうえで有償で(補償金を払って)利用できる。
3) 上記補償金は、令和2年度に限り無償(補償金0円)である。
4) ただし「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」は例外であり(同法35条1項ただし書き)、たとえ授業目的であっても複製・公衆送信はできない。複製・公衆送信したい場合には、著作権者の許諾を得る必要があり、許諾を得ないで複製・公衆送信をすると、著作権侵害、著作権法違反となる。
5) SARTRASは、同法35条1項本文(著作権者の利益を不当に害しない場合)により「公衆送信」できる場合の補償金を一元的に取り扱うために、同条2項により設立された団体である。
6) 「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」のことは、SARTRASは関与しない。

4. 教科書の公衆送信は?・・・著作権者の利益を不当に害する

 同法35条項ただし書きの「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」については、「教師が市販の学習用ドリルを一部購入して生徒に配布するために複製する行為や、授業で用いるコンピュータープログラムを生徒の使用する端末に複製する行為」が典型的な例として挙げられています(中山信弘『著作権法〔第2版〕』(有斐閣2014年)335頁)。
「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」の扱いは、紙のコピーでもネット配信でも変わりがないので、改正前の文献の記載もそのまま当てはまります。本来、こうしたドリルやコンピュータープログラム(ソフト)は、生徒各自が購入することが前提となっており、50人の生徒が授業で使う場合は、50人がそれぞれ購入すべきものです。それをコピーして配ったり、E-メールで配ったり、インターネット上に貼り付けたりしたら、その50人は誰も買わなくなってしまいます。その著作物の著者・出版社(作者・販売者)の立場からすると、本来売れるはずの50人分の著作物がただで使われてしまう訳ですから、まさに「利益を不当に害する」ことになります。
 大学の教科書も同様です。科目の担当の先生が指定された教科書は、履修者が各自で購入することが前提となっています。また、指定教科書以外の書籍でも教科書として授業用につくられたものであれば、授業で使われると(前記のドリルと同様に学生が各自で購入すべきものですから)「著作権者の利益を不当に害すること」となります。
 以上のとおりですから、小社出版物である大学等の教科書、教材の書籍やその付録のデータ(文章、文字データ、画像、音声、動画)の公衆送信には、授業目的であっても著作権者の許諾が必要であると考えます。 以上